ネットカフェの悪夢
ネットカフェの悪夢:深夜に訪れた闇の訪問者
東京・池袋の裏通りにある古びたネットカフェ「N-Cube」。24時間営業で、学生や会社員、そして行き場を失った人々が夜を過ごす場所として知られていた。しかし、そのネットカフェには、ある噂があった――「深夜2時、個室9番には入ってはいけない」。
大学生の涼(りょう)は、その噂を耳にしながらも鼻で笑った。
「都市伝説だろ?ネットカフェで幽霊なんてあるわけない」
その日、終電を逃した涼は、ふとした好奇心から「N-Cube」に向かった。受付で個室の番号を指定される。
「本日は…個室9番が空いてますけど、よろしいですか?」
スタッフの若い女性が少し躊躇うように言った。涼はニヤリと笑い、頷いた。
「9番で。あの噂の部屋だろ?試してみたいんだ」
女性スタッフは一瞬目を逸らしたが、無言で鍵を渡した。
個室9番――奥まった薄暗い通路の突き当たりにあった。他の個室とは違い、周囲に人の気配はなかった。ドアを開けると、古びたパソコンとリクライニングチェア、壁には無数の細かい傷跡が刻まれていた。
「なんだこれ…誰か爪で引っ掻いたのか?」
不気味に思いつつも、涼は椅子に座り、ヘッドホンをかけて動画を見始めた。午前1時。辺りは静まり返り、他の利用客の物音すら聞こえない。
そして――午前1時58分。
ガタリ――
突然、背後の棚が揺れたような音がした。涼は驚いてヘッドホンを外したが、室内には誰もいない。
「気のせいか…」
その時、パソコンの画面が一瞬暗転し、見知らぬウィンドウが勝手に開いた。
【こちらを見ている】
涼は思わず「は?」と声を漏らした。画面の中には、白い顔の女が映っていた。長い黒髪、虚ろな目、そして口元から血が滴っている。
「これ…何の動画だ?」
マウスを動かしても反応しない。画面の女が、ゆっくりと手を伸ばす仕草をした。涼は背筋に冷たいものを感じ、電源を強制的に切った。
しかし――
部屋の電気が突然消え、真っ暗闇が広がった。
「…なんだよ、ふざけんな」
涼はポケットからスマホを取り出し、ライトを点けた。その光の中、個室の隅に…誰かが立っていた。
「……」
それは、さっきの画面に映っていた女。白い着物のような服に、顔は血に濡れ、虚ろな目で涼を見つめている。
「あなた…ここに来たのね」
女が呟いた瞬間、涼は叫び声を上げ、個室の扉を開けようとした。しかし、鍵は内側から開かない。
「開けろ…開けろ!!」
ガンガンと扉を叩くが、反応はない。振り返ると、女が徐々に近づいていた。
「ずっと…待ってたの」
女の顔が目の前まで迫る。恐怖で動けない涼。次の瞬間――視界が真っ暗になった。
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翌朝、スタッフが9番の個室を確認すると、涼の姿はなかった。ただ、椅子には涼のスマホと血のような液体が残されていた。
警察が調査に入ったが、防犯カメラには誰も映っておらず、個室に入る涼の姿だけが確認されたという。
「またか…」
スタッフの女性が呟いた。
「9番に入った人は、皆…帰ってこない」
ネットカフェ「N-Cube」は今も営業を続けている。しかし、個室9番は「メンテナンス中」として封鎖されたままだ。
それでも、深夜にその部屋の前を通ると、誰もいないはずの中から――カチ、カチ…とキーボードを打つ音が聞こえてくるという。
そして、パソコンの画面には…
【こちらを見ている】
ネットカフェの悪夢は、終わらない。
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数日後、涼の友人・翔太(しょうた)は涼の行方不明を心配し、「N-Cube」を訪れた。スタッフに尋ねたが、彼女は黙って首を振るだけだった。
「警察にも話した。でも、彼はどこにもいなかったのよ…」
翔太は涼の行動履歴を辿り、スマホの位置情報から、最後にネットカフェにいたことを確信した。そして、ある夜、彼は単身で「N-Cube」に乗り込んだ。
「9番に入りたい」
スタッフは顔を強張らせた。
「その部屋は使えません」
「頼む…友達を探したいんだ」
彼女は無言で鍵を渡した。翔太は深呼吸し、封鎖された9番の部屋のドアを開けた。そこには、涼が最後に座っていた椅子と、奇妙なメモが置かれていた。
【あの女は画面の中から出てくる――目を合わせるな】
そして――パソコンの電源が勝手に入り、画面にはまたあの文字が浮かび上がった。
【こちらを見ている】
翔太の背後には、冷たい気配が忍び寄っていた――。
ネットカフェの悪夢は、今も誰かを待っている。

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