狐の嫁入り

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狐の嫁入り

狐の嫁入り:山奥に響く鈴の音と白無垢の影

長野県の山深い村「霧ヶ谷(きりがたに)」。この村には古くから伝わる奇妙な伝説があった。「狐の嫁入りの日、森に足を踏み入れてはならぬ。さもなくば、一生帰れぬ」と――。

大学生の真由(まゆ)は、民俗学のゼミでこの伝説に興味を持ち、調査のために霧ヶ谷を訪れた。村の入口で出迎えたのは、地元の老女・八重(やえ)だった。

「狐の嫁入りを調べに来た?……やめておきなされ。この村の山は、夜になると異界と繋がる」

真由は笑って答えた。

「都市伝説でしょ?でも、ぜひ現地で確かめたいんです」

老女は黙って首を振り、手を合わせると、真由に小さな鈴を手渡した。

「この鈴を持っていきなされ。もし、あちらの世界に引き込まれそうになったら、音を鳴らして……」

その夜、真由は一人で村外れの森に足を踏み入れた。空は晴れているのに、ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。不自然な天気……そして、突然耳に届く不気味な音――。

チリン……チリン……

「……鈴の音?」

森の奥から、鈴の音とともに、白い光が浮かび上がる。そこには、白無垢を纏った女性がゆっくりと歩いていた。彼女の後ろには、狐面を被った男たちが続いている。

  • 白無垢の花嫁
  • 狐面の従者たち
  • 鈴の音と霧

「これは……本当に狐の嫁入り……?」

真由は息を呑み、近づこうとした瞬間、白無垢の花嫁がふと振り返った。その顔には、狐のような鋭い目が光り、口元は異様に裂けていた。

「人間が……なぜ、ここに……?」

その声が頭の中に直接響き、真由は恐怖に震えた。足がすくみ、逃げ出すこともできない。すると、花嫁の後ろから現れた狐面の男が、真由に手を伸ばした。

「嫁入りの供物が……一つ足りぬ。お前が代わりとなれ」

その言葉に、真由は咄嗟に老女から渡された鈴を鳴らした。チリンチリン――その音と共に、周囲の景色が歪み始めた。

「やめよ……人間の鈴音は我らを祓う……!」

花嫁が悲鳴を上げ、狐面たちが苦しそうに顔を覆う。真由はその隙に走り出し、森を抜けようとしたが、道はどこまでも続き、出口が見えない。

「助けて……」

突然、前方に老女・八重の姿が現れた。彼女は鈴を高く掲げ、強く鳴らした。チリン……チリン……その音と共に、真由の視界は暗転した。

――目を覚ますと、真由は村の宿にいた。老女が傍に座っていた。

「命拾いしたな……狐の嫁入りは、人間を異界へ連れ去るための儀式。もう二度と、あの森へは入ってはならぬ」

真由は震える声で答えた。

「……本当にあったんですね。狐の嫁入り……」

老女は静かに頷き、窓の外を見つめた。そこでは、雨が降る中、太陽が輝き、不気味な虹が森の中に架かっていた。

「狐たちは、今も嫁入りの供物を探している。次に狙われるのは……」

その言葉に、真由は全身を冷たい汗で濡らした――。

数日後、真由は大学で今回の体験をレポートにまとめたが、その内容は教授から「創作だろう」と笑われた。しかし、真由のスマホには、森の中で撮影した不可解な写真が残っていた。

そこには、白無垢の花嫁と狐面を被った影が、うっすらと写っていた。

その夜――

真由の部屋の窓の外に、再び鈴の音が響いた。チリン……チリン……

「……また来たの?」

彼女は窓を閉めようとしたが、そこに白無垢の花嫁が立っていた。

「供物は……まだ終わっていない」

狐の嫁入りは、追ってくる。人間の世界の中まで――。

翌朝、真由は大学の図書館に向かい、狐の嫁入りに関する古書を漁った。ある古文書には、次のように記されていた。

  • 狐の嫁入りは異界との境界が開く日
  • 供物として人間が選ばれることがある
  • 鈴の音は狐を祓う力を持つ

更に記されていたのは、ある対処法だった。

「供物として選ばれし者は、三日以内に神社にて祓えを受けぬ限り、魂は異界に引き込まれる」

真由は急ぎ、霧ヶ谷の近くにある稲荷神社を訪れ、宮司に事情を話した。宮司は顔を強張らせながらも、儀式の準備を始めた。

「狐たちは執念深い。完全に縁を断つには、嫁入りの夜に使われた鈴を捧げねばならぬ」

夜、神社で儀式が行われる中、再び雨が降り始め、空には不気味な虹が浮かんだ。鈴の音が森から響き渡り、神社の鳥居の前に白無垢の花嫁が現れた。

「供物……返して……」

宮司は鈴を高く掲げ、祝詞を唱え続けた。白無垢の影は苦悶の声を上げ、やがて霧の中へと消えていった。

翌朝、真由は再び生を実感し、心の底から安堵した。だがその後、彼女の耳には幻のように、鈴の音が時折響くという――。

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