消えた手紙
消えた手紙
山間にひっそりと佇む小さな町、「白影町」。この町には、長年語り継がれてきた奇妙な話があった。それは、決して読んではならない手紙の話だった。
ある日、大学生の佐藤和也は古びた郵便局でアルバイトを始めた。この郵便局は町の歴史とともに長い間営業してきたが、最近は利用者も減り、閉鎖が決まっていた。
「これが最後の整理だからな。ちゃんと確認して、不要なものは処分してくれ。」
局長の村上はそう言い残し、奥の倉庫の鍵を渡した。倉庫には長年放置された手紙や荷物が積まれていた。
埃を払いながら整理していると、一通の封筒が目に留まった。茶色く変色し、封は未開封のままだった。宛名はかすれて読めないが、差出人の欄にはこう書かれていた。
「白影町・旧家 高橋家」
「高橋家?」和也は小さくつぶやいた。この町の旧家である高橋家は、数十年前に一家全員が行方不明となったことで知られていた。
好奇心に駆られた和也は、封を開けて中を読んでしまった。そこには震えた文字で、こう書かれていた。
「助けてください。私たちは……」
その瞬間、倉庫の電気がふっと消えた。
「……誰かいるのか?」
暗闇の中、和也は背後に気配を感じた。振り返ると、そこには黒い影が立っていた。
「読んでは……いけない……」
囁くような声が耳元で響くと、影は消えた。
翌日、和也は町の図書館で高橋家について調べた。新聞の古い記事によると、昭和四十年、高橋家の当主とその家族は忽然と消えたという。その後、家は廃墟となり、誰も近づかなくなった。
「もしや……この手紙は、その時のもの?」
和也は恐る恐る、封筒の裏を確認した。そこには、手紙の投函日が記されていた。「昭和四十年六月十五日」——それは、高橋家が失踪した日だった。
その夜、和也の部屋の窓を叩く音がした。時計を見ると、午前二時。窓を開けると、誰もいない。しかし、机の上に見覚えのある封筒が置かれていた。
「え……? さっき郵便局に置いてきたはずなのに……」
和也が手紙を持ち上げると、背筋が凍った。文字が変わっていたのだ。
「助けてください。私たちはまだ……」
文字の最後に、黒い染みが広がっていく。まるで誰かが今も書き続けているかのように。
「これは……」
その瞬間、部屋の電気が消え、背後から冷たい手が肩に触れた。
「返して……私の……手紙……」
和也は叫びながら振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。ただ、封筒だけが床に落ちていた。
翌日、和也は意を決して高橋家の廃墟へ向かった。家の扉は開いており、中は埃と朽ちた家具で埋もれていた。
奥の部屋に入ると、壁一面に手紙が貼られていた。どれも同じ筆跡で、「助けて」と書かれている。そして、中央の机の上に、和也が読んだはずの封筒が置かれていた。
「なんで……?」
封を開けると、中には新たな言葉が書かれていた。
「最後まで読んでくれてありがとう……あなたも……一緒に……」
和也が顔を上げると、部屋の隅に黒い影が立っていた。その瞬間、視界が闇に包まれ——それ以来、彼の姿を見た者はいなかった。
数日後、和也の失踪は町中の噂となった。郵便局の局長・村上は和也が最後に整理していた倉庫を調べた。そして、和也の机の上に残された封筒を見つけた。しかし、そこには新たな文字が記されていた。
「次は……あなたの番です……」
村上はぞっとして封筒を放り投げた。だが、その夜、自宅の郵便受けには、同じ封筒が入っていたという。
そして——村上もまた、忽然と姿を消したのだった。
それ以来、白影町では夜中に手紙が勝手に届くという噂が囁かれるようになった。
消えた手紙は、今も誰かに届き続けているのかもしれない……。

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