一瞬の恐怖

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一瞬の恐怖

一瞬の恐怖

深夜、会社帰りの田中は終電を逃し、仕方なく歩いて帰ることにした。人通りの少ない住宅街を抜けると、近道のために一本の細い路地へと足を踏み入れた。

「この道、こんなに暗かったか……?」

ぼんやりとした街灯がかろうじて足元を照らしているが、奥へ進むほどに闇が濃くなっていく。田中は少し後悔したが、引き返すのも面倒だった。

そのとき、背後から足音が聞こえた。

「こんな時間に誰かいるのか……?」

振り向くと、そこには誰もいない。気のせいかと思い、再び歩き出した。

しかし、数歩進んだところで再び足音が聞こえた。しかも、今度はより近く。

ゾクリと背筋が凍る。

田中はゆっくりと振り向いた。すると──

「……!!」

真っ暗な路地の奥に、白い服を着た女が立っていた。

顔ははっきり見えないが、その異様な佇まいに田中は言葉を失った。女はピクリとも動かない。

田中は無意識のうちに足を速めた。しかし、背後の足音もそれに合わせるようについてくる。

「気のせいだ……気のせいだ……」

必死にそう思い込もうとしたその瞬間、耳元で囁く声が聞こえた。

「……見てるよ」

田中は悲鳴を上げ、全力で駆け出した。やがて広い通りに出たとき、足音も気配も消えていた。

肩で息をしながら振り向く。しかし、そこにはもう誰もいなかった。

「気のせい……だったのか?」

そう思い、胸を撫で下ろした田中は、ふとスマホの画面を見た。

その画面に映っていたのは、背後に立つ白い女の顔だった。

震える手でスマホを落とし、田中は再び走り出した。自宅はもうすぐそこだった。

ようやくマンションのエントランスに辿り着き、慌てて鍵を開ける。振り向く勇気はない。

エレベーターに乗り込み、閉まる扉を見つめた。

「……?」

閉まりかけた扉の隙間に、何かが映った気がした。白い服、黒い髪、歪んだ笑み。

「気のせい、気のせい……」

呪文のように繰り返しながら、部屋へ駆け込む。鍵を二重にかけ、窓も全て閉めた。

「大丈夫、大丈夫……」

しばらくして落ち着きを取り戻し、スマホを拾い上げた。

恐る恐る画面を確認する。しかし、そこには何も映っていなかった。

「やっぱり気のせいだったんだ……」

安心した瞬間、スマホの通知音が鳴った。見知らぬ番号からのメッセージだった。

「……見てるよ」

田中はスマホを手放し、背筋が凍りついた。

その瞬間、部屋のドアが「コン、コン」と小さく鳴った。

「……誰?」

返事はない。だが、ドアの向こうからかすかに聞こえる。

「開けて……」

田中は布団をかぶり、耳を塞いだ。しかし、その音は次第に近づいてきた。

「開けて……見てるよ……」

音が部屋の中から聞こえた瞬間、田中の意識は闇に沈んだ。

翌朝、田中は自室で意識を取り戻した。だが、スマホの画面には新たなメッセージが届いていた。

「次は、もっと近くで……」

田中は恐怖に震えながら、ふと鏡を見た。

そこには、自分の背後に立つ白い女が、じっとこちらを見つめていた。

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