一つ目小僧の視線
一つ目小僧の視線
石川県のとある山村には「一つ目小僧」の話が伝わっていた。一つ目の小僧が夜に現れ、人を見つめるという。その視線を受けた者は命を失うという言い伝えがある。
とある夜、大学生の渡辺春霞は、山村の友人の家に満月を背にして迷い込んだ。
「春霞、なんだか自然の雲や風の気配が異様だよ」
友人の津田明里はつぶやいた。
「そんなことを言わないでよ、私、孤独に気を遣う程度には悲しいんだよ。でも、何かに見られてる感じがする」
春霞は背後の満月を見上げた瞬間、森の張った林道の遠くに一つの紅い光を見た。それは人の目のように光り、じっとこちらを見つめていた。
「何あれ…」
春霞が少しずつ歩んでいくと、光の源は水田の地面に移動した。あの光は、一つ目の小僧だった。
「う…うあ…」
なぜか止まらない視線の抵抗に痛みを感じ、春霞はひざをついた。
「やめろ…やめろ…」
あれは何だったのだろうか。夜が明けた時、春霞はもうそこにはいなかった。
そして、一つ目小僧の視線に囚われた者は存在が消えるという言い伝えが、再び村の間で深く深く語られた。
それから数日後、村では奇妙な噂が広がり始めた。春霞が行方不明になった夜、村の老人が一人、同じように一つ目小僧を見たというのだ。
「あれは…確かにいた。赤い目が闇の中に光っていたのを見たんじゃ…」
老人は震えながら語ったが、翌朝、その老人の姿も消えていた。
恐怖を感じた村人たちは、夜になると家から一歩も出なくなった。村の神社の神主も、古い経典をひも解きながら呟いた。
「一つ目小僧の視線は、ただの妖怪の悪戯ではない。それを見つめ返してしまった者は…存在を奪われるのだ。」
一方で、津田明里は友人の失踪に納得がいかなかった。春霞はただの噂で消えるような人間ではない。何か手がかりがあるはずだと思い、夜の村を探索することにした。
「やめとけ、明里。お前も消されるぞ。」
村の若者が忠告したが、明里は耳を貸さなかった。
懐中電灯を片手に、春霞が最後に目撃された林道を歩いた。木々のざわめきが異様に大きく聞こえ、遠くでフクロウが不気味な鳴き声を上げる。
そして——
「…あれは…!」
明里の目の前に、赤い光がゆっくりと浮かび上がった。
ぼんやりとした人影が現れ、それはやがて小さな子どもの姿をとった。だが、明らかに普通の子どもではない。頭には坊主のような髪、そして顔の真ん中に一つだけ、大きな赤い目がぎょろりと開いていた。
一つ目小僧だった。
明里は恐怖で足がすくみ、声すら出せなかった。小僧は静かに微笑み、じっと明里を見つめた。
「……っ!!」
その瞬間、明里の頭の中に無数の声が流れ込んできた。
「……かえして……わたしの……かえして……」
「なにを…かえすの?」
明里は震える声で呟いた。すると、小僧の周りにうっすらと人影が浮かび上がる。
それは…春霞だった。
「春霞!!」
春霞はぼんやりとした表情で立っていた。しかし、目は虚ろで、まるでここには存在していないかのようだった。
「…視線を…返して……」
一つ目小僧が呟いた。その声は、春霞の口からも同時に発せられた。
明里は気づいた。この妖怪は、人の存在を視線とともに奪うのだ。
「やめろ!春霞を返せ!!」
明里は必死に叫び、ポケットから持ってきた小さな鏡を取り出した。
村の神主から、「視線を返すには、自分自身の目を見せるのだ」と聞いていたからだ。
小僧の前に鏡を差し出すと、赤い目が鏡に映り——
「ギャアアアアアアア!!」
小僧は耳をつんざくような悲鳴を上げ、ゆっくりと後退した。そして、春霞の体から何かが抜けていくように、彼女はその場に崩れ落ちた。
「春霞!!しっかりして!」
明里は必死に友人を抱き起こした。春霞はしばらくぼんやりしていたが、やがて意識を取り戻し、涙を流した。
「…私、ずっと…闇の中にいたの…」
その夜、一つ目小僧は姿を消した。
それ以来、村で一つ目小僧が現れることはなかった。
しかし、村の伝説は今でも語り継がれている。
「夜の山道では決して赤い目を見つめてはいけない。さもなければ、お前の存在は闇に飲まれるだろう…」

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