古写真の視線
古写真の視線:忘れられた記憶の恐怖
東京の下町にある古道具屋「時雨堂」には、不気味な噂があった。「あの店の奥にある古写真に見つめられると、夜、夢の中で声が聞こえる」というのだ。
大学生の高橋葵(たかはし あおい)は、卒業論文のために昭和初期の生活文化を調べていた。彼女は偶然、その「時雨堂」を訪れることになった。
「いらっしゃいませ」店主の老人が低い声で迎えた。
「古い写真を探しているんですが…」葵が答えると、老人は奥の棚を指さした。
「あちらに古写真があります。気をつけてくださいね、視線に。」
老人の言葉に疑問を抱きつつ、葵は奥に進んだ。そこには色褪せた写真が詰まった木箱があった。彼女は一枚の写真に目を奪われた。昭和初期と思われる家族写真。父母、祖父母、そして中央に着物姿の少女が立っていた。少女は無表情で、じっとこちらを見つめているようだった。
「これにします」葵はその写真を手に取り、店主に渡した。
「本当にこれでいいんですか?」店主が写真を見て目を細める。
「はい、大丈夫です。」
その夜、葵は研究資料をまとめていたが、ふと写真に目をやった。少女の視線が自分を追いかけているような気がした。背筋に冷たいものが走った。
「…気のせいか」
疲れた葵はベッドに横たわった。しかし、深夜になると耳元で微かな声が聞こえてきた。
「…見てるよ…」
葵は飛び起きた。部屋の隅にある写真立てを見つめると、少女の瞳が先ほどよりはっきりこちらを見ているように思えた。
「気のせいじゃない…」
翌日、葵は再び時雨堂を訪れた。
「この写真、何か知ってますか?」写真を差し出すと、店主はため息をついた。
「これは『篠崎家』の写真です。昭和十五年、火事で一家が亡くなった。その少女、美咲(みさき)ちゃんだけ遺体が見つからなかった。」
「どうして私を見てるんでしょう?」葵が震える声で聞くと、老人は静かに答えた。
「…友達が欲しいのかもしれません。」
その夜、再び夢を見た。夢の中で少女が立っていた。
「…あそぼ…」
「誰?何がしたいの?」葵が尋ねると、少女は微笑んだ。
「一緒に…あそぼ…」
葵は悲鳴を上げて目を覚ました。写真を見ると、少女が笑っているように見えた。これはもうただの古写真ではない。何かがいる。
彼女は神社に駆け込んだ。神主に写真を見せると、神主の顔が強張った。
「これは怨霊の力を持つ写真です。この少女は孤独と悲しみで、魂がこの世を彷徨っている。」
「どうしたらいいですか?」
「写真を供養しましょう。しかし、少女が執着している場合、何かが起こるかもしれません。」
供養が始まると、境内の空気が冷たくなり、鈴の音が響いた。突然、写真の中の少女が涙を流し始めた。
「…いや…行きたくない…」
葵の耳元で少女の声が聞こえた。
「ごめんね…私、寂しかったの…」
「大丈夫。もう一人じゃないよ。」葵は涙をこらえて呟いた。
その瞬間、写真が炎に包まれ、少女の姿が消えた。
葵の部屋から写真がなくなった後も、夜になると時々微かな声が聞こえるという。
「…ありがとう…」
しかし、物語は終わっていなかった。数日後、葵は再び部屋で冷たい視線を感じた。壁に掛けた時計の下に、あの少女が立っていた。髪が長くなり、瞳が暗く光っていた。
「…まだ一緒に遊んでないよ…」少女が笑った。
「嘘…供養は終わったはずなのに…」葵は後退りした。
その夜、葵の携帯に知らない番号から着信があった。
「もしもし?」
「…あおいちゃん…」
「誰?!」
「…わたし、美咲だよ…遊ぼう…」
電話が切れた瞬間、部屋のドアが軋む音を立てて開いた。暗がりに少女の姿が見えた。葵は恐怖で声を失った。
翌朝、葵の部屋には彼女の姿はなかった。ただ、机の上に古い写真が一枚置かれていた。中央には、新たに加わった女性が笑顔で写っていた。それは葵だった。
そして、その隣で少女が微笑んでいた。
「…一緒にいるね…」

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