狐の嫁入り

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狐の嫁入り

狐の嫁入りの呪い

深い山奥の小さな村。そこには「狐の嫁入り」の伝説が語り継がれていた。狐の嫁入りとは、狐が人間を騙し、妖しく美しい花嫁の姿を見せる怪異とされている。そして、見てはならぬものを見た者には恐ろしい呪いが降りかかるという——。

村に住む青年、浩司(こうじ)は、この話を迷信だと笑っていた。だがある夜、彼は自らの目でそれを目撃してしまう。

月がぼんやりと霞む夜だった。浩司は川辺を歩いていると、遠くの森の中に奇妙な行列を見つけた。白い狐面をつけた人々が提灯を持ち、美しい花嫁姿の女を囲んでいる。その姿はどこか幻想的で、しかしどこか恐ろしくもあった。

「……なんだ、あれは?」

好奇心に駆られた浩司は、ついその光景をじっと見つめてしまった。すると、行列の中の花嫁がふと彼の方を振り向いた。

——ぞくり。

その瞬間、浩司の全身に寒気が走った。花嫁の顔はまるで人形のように白く、しかし目は深い闇のように黒かった。その目がじっと彼を見つめ、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。

「見てしまいましたね……?」

女の声が頭の中に響いたかと思うと、浩司の視界が暗転した——。

翌朝、村人に発見された浩司は、川辺に倒れていた。彼の顔は青ざめ、ひどく怯えた様子だった。しかし、奇妙なことに、彼の記憶から昨夜の出来事はほとんど消えていた。

「浩司、お前、大丈夫か?」

幼馴染の翔太(しょうた)が心配そうに尋ねたが、浩司はただ首を振るばかりだった。だが、その夜から彼の周りでは奇怪な出来事が続くようになった。

夜になると、どこからともなく囁き声が聞こえる。

「見た……見た……見た……」

部屋の片隅に、誰もいないはずなのに白い影が揺らめく。

鏡を見ると、背後に狐の面をつけた何者かが映る。

浩司は次第に錯乱していった。村の神主に相談すると、彼は険しい顔で言った。

「それは狐の嫁入りの呪いです。あなたは見てはならぬものを見てしまった……。」

「呪い……?」

「放っておけば、命を奪われるでしょう。」

浩司は愕然とした。神主は呪いを解く方法を教えてくれた。それは、「狐の嫁入り」の行列が再び現れる夜に、自らの影を切ること——。

「影を切る……?」

「ええ、狐の魔は影に宿ります。行列を見つけたら、刃物で自分の影を断ち切るのです。」

その夜、浩司は震える手で小刀を握りしめ、再び川辺へ向かった。そして、月の下、再びあの行列が現れた。提灯が揺れ、花嫁が微笑む。

「さあ、こちらへ……。」

浩司は身を震わせながら影を見つめた。恐怖に負けじと、勢いよく小刀を振り下ろす。

——ザシュッ!

その瞬間、叫び声が響き、行列が掻き消えた。

浩司が気がつくと、夜明けの光が差し込んでいた。彼は無事だった。呪いは消えたのだ。

それ以来、浩司は二度と狐の嫁入りの話を軽んじることはなかったという。

だが、その村にはもう一つの伝説があった。呪いを逃れた者の前には、再び狐が現れるという——。

それから数日後。浩司は平穏を取り戻しつつあったが、何かに見られているような感覚が消えなかった。夜中にふと目を覚ますと、窓の外に白い影が立っている。

「……誰だ?」

浩司は恐る恐る窓を開けた。その瞬間、影はすっと消えた。しかし、床には狐の足跡が残っていた。

翌日、再び神主のもとへ向かった浩司は、新たな恐怖を知らされる。

「……呪いは完全には解けていません。」

「え? でも、影を切ったのに……。」

「狐は簡単には諦めません。あなたはすでに彼らの世界に足を踏み入れてしまったのです。」

その晩、浩司の家の外から不気味な囁き声が聞こえた。

「……花嫁が、待っています……。」

恐る恐る覗くと、そこには白無垢姿の女が立っていた。狐の面をかぶったその女は、ゆっくりと浩司に手を伸ばす。

「浩司様……ようやく、お迎えに参りました……。」

絶叫とともに、闇が彼を包んだ——。

その後、浩司の姿を見た者はいなかった。

村では今もささやかれる。

「狐の嫁入りを見た者は、決して逃げられない。花嫁は、いつか必ず迎えに来る……。」

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